イベント新刊サンプル

首吊りの森に雪が降る


「おいしい」
ポールに手渡されたカップからコーヒーを一口飲むと、ミランダは思ったままを口にした。
「君がそう言ってくれるなら嬉しい。そうだ、プレゼントがあるんだ」
ポールは鞄の中から包み紙を取り出した。
手にとって開けてみると、それは掌に乗るサイズの可愛らしいスノードームだった。
球体の中で、クリスマスツリーの前に立ったサンタクロースが微笑んでいる。
取り出すと中の水が揺れて、きらきらと光る雪がサンタクロースを包んだ。
「これ……とても素敵だわ。ありがとう。でも、どうして?」
「チャーチ・ストリートの雑貨店でこれを見た瞬間、君にあげたいと思ったんだ。この中に降る雪は、ここにしか降らない雪だ。でも、いつでも見ることが出来る。真夏に雪を見られるなんて、素敵だろう。雪の季節に生まれた君に、ぴったりじゃないか」
「そうね……私、この雪を見るたびに、あなたに出会った日や、今この瞬間を思い出すわ。このスノードームの中に、何度でも雪を降らせる」
ミランダの目はいつのまにか赤く潤んでいた。
ポールはミランダに向けて手を伸ばし、彼女の髪の毛をクシャクシャと撫でた。
触れられた指先から伝わるポールの体温が、ミランダの全身に広がる。
それは、甘い疼きだった。
「ポール……」
俯きながら、ミランダはポールの名を呼ぶ。
語尾が震えていたのを、気づかれただろうか。
「愛しているよ、ミランダ」
唇に、ポールの指が触れた。体中の血液が沸騰したかのように、ミランダの体が熱くなる。
ポールを見上げても、言葉は出なかった。
彼の吸い込まれそうな神秘的な瞳を、ただ見つめるばかりだ。
「……私も」
言い終わるやいなや、ポールは立ち上がってミランダを抱きしめた。
ミランダの心臓は早鐘を打っている。しかしそれは、ポールも同じだった。
二人とも、言葉を忘れてしまっていた。
ミランダはその日、男性の匂いを初めて鼻先に感じた。

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