イベント新刊サンプル

夢見る少女と人喰いの木


「メアリ、マリサ、今度の週末はどこへ行きたい?」
ママはマリサとメアリに話しかける。
「うーん、私はね……」
答えながらママの方を見たマリサは、途中で言葉を止める。
ママが愛しそうにメアリを見つめて、彼女の柔らかいブルネットの髪を撫でていたからだ。
「ママ、私はイーストチャーチの公園に行きたい。一緒に芝生に寝ころんで、ランチにはパパやマリサとサンドイッチを食べるの」
「まぁ、メアリったら。いいわ、家族みんなで遊びましょう。きっと今の時期は芝生もいきいきとした緑色で、寝転んだら気持ち良いはずよ」
「本当に?メアリね、ママのこと大好き」
「ママもメアリのことが大好きよ」
ママにしがみつきながら、メアリは甘えている。そんなメアリを、ママはぎゅっと胸に抱き止めて、頬ずりをしている。
なんて幸せそうな親子なのだろう。マリサの心の中に、真っ黒なあの気持ちが育っていく。
二人を呼ぶ時、ママはどうしていつも、年下のメアリの名を先に呼ぶのだろう。
どうしてメアリの方ばかりを見ながら、楽しそうに話をするのだろう。
ううん、分かっている。メアリはまだ小さいから。みんなで守ってあげる必要があるから。
――でも。私の気持ちは、どうなるのだろう。コップに目いっぱい入れられた水のように、今にも零れてしまいそうな私の気持ちは。
「……ママ、私はフィオナと遊ぶ約束があるの。公園には、ママとあの人とメアリの三人で行ってちょうだい」
ママはそっと眉根を寄せた。いつもは『パパ』と呼ぶ義父を『あの人』と呼んだことに、娘の意地悪さを感じたのかもしれない。
「ごめんなさい、ママ。明日提出のレポートがあるの。夕食まで部屋にこもるわね」
マリサはスクールバッグを持ち上げると、駆け足で階段を上り、自分の部屋へ駆け込んだ。
バッグを投げ出すと、ベッドに飛び込んで枕に顔を押し付ける。
自然と涙が溢れてきて、止まらなかった。
この家には居場所がない。私の気持ちを受け止めてくれるのは、フィオナだけ――。

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