イベント新刊サンプル

魔鏡の証明



 町の外れへと向かって、老婆は進んで行く。道に並ぶ屋敷はどれも寂れていて、人の気配がほとんどない。あたりは不気味な静けさに満ちていた。
一軒の古ぼけた屋敷の門扉の前で、老婆は足を止めた。
 蔦の絡まる門の奥には、茶色の切妻屋根の屋敷がある。建物はかなり年季が入っている。庭園の手入れはされていないようで、草が伸び放題だった。
「ここが私の住処だよ。おまえに良いものを見せてやる。おいで」
老婆は振り向くと、何か企んでいる人特有の、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「わかったわ……あなたを信じる」
ローレルは老婆につき従って、屋敷の中へ入った。
 玄関ホールの階段を上り、案内されたのは書斎とおぼしき部屋だった。
壁一面に備え付けられた本棚には、革張りの立派な装丁の本が並んでいる。きちんと整理された書物群は、重厚で禍々しい雰囲気を帯びていた。
うかつに直視することも出来ず視線を逸らしたローレルだが、老婆は曖昧な笑みを浮かべ壁にかけられた鏡を指差した。そこにあったのは、古ぼけた大きな鏡――金属の枠には禍々しい表情の悪鬼が描かれ、異国の暗号めいた文字が刻まれている。
「この鏡を覗いてご覧。これは不思議な力を持つ鏡なんだ」
「不思議な力?それは一体どんなものなの?」
ローレルは訝しげに老婆に尋ねた。
「これは人を閉じ込めることの出来る鏡なんだ。私はこれで、うるさいシャム猫や、迷い込んできた兎を殺してやったのさ。どうだ?……おまえの嫌いな人間を、消してやろうか?」
老婆はローレルのそばへ来ると、親友に大切な秘密を打ち明ける時のように、耳元で囁いた。
「そんなもの……あるわけないじゃないの、それに、あっても私が使う権利なんて……ない」
体の前で組んだ手をぎゅっと握りこみ、切れ切れにローレルは言った。嫌な汗が肌を濡らし、急に寒くなる。
「おまえは私を助けてくれただろう?だとすれば、私はおまえに借りがあるじゃないか。見たところ、お前は随分と悩み、苦しんでいるようだ。おまえの辛さを少しでも和らげてやりたい」
さも善人のように老婆は言ったが、しかし内容は解せない。
(嫌いな人間を、消す……?)
魅力的な提案ではあったが、人として決して望んではいけないことだ。
「それって……本当?嫌いな人を鏡の中に入れて消してくれるって、本当なの?」
「ああ、もちろんだとも。お前を苦しめる人間なら誰でも、この鏡の中に入れてやるさ」
老婆は鼻を鳴らし、当然だと言うように笑った。

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