イベント新刊サンプル

宵闇の宝石姫、暁の食屍鬼


「なんだい、マノンの役立たず。もうこの家から出て行きな」
母親は大きな声で怒鳴った。
「ごめんなさい、お母さん……」
マノンはその場でしゃくりあげるように泣き出した。
 異変が起きたのは、その瞬間だった。
頬を伝って床に落ちた涙が、恐ろしい姿の食屍鬼に変化したのだ。犬に似た顔に鉤爪やヒヅメ状に割れた足、ゴムのような肌をした人型の生き物は、すすり泣くような高い声でうめき声を上げていた。
「な、なんだい、これは……」
母親は事態が飲み込めず、うろたえている。
「ごめんなさい、お母さん……私、お婆さんから、涙を食屍鬼に変える魔法をかけられてしまったの」
「なんですって……おまえ、なんてことを……!」
食屍鬼は容赦なく母親に襲いかかる。
「ぎゃああああああああッ!」
 断末魔の叫びを上げる母親を、食屍鬼は貪り食ったのだった。魚を捌くように内臓を引きずり出され、壁には鮮血が飛び散る。
 阿鼻叫喚の地獄絵図が、そこには広がっていた。
 そうしてすべてをきれいにたいらげると、食屍鬼は窓の外、漆黒の闇へと姿を消した。
「お母さん……そんな…」
「これがマノンの力なの?一体どうしてこんなことに……こんな能力、私は欲しくなかった」
 マノンは目の前の惨状を直視することが出来ず、その場に崩れ落ちた。泣くわけにはいかない。それは食屍鬼を召喚することにつながってしまうのだから。
 鮮血の海の真ん中で、二人は母親との日々を思い出す。
意地悪で、無理難題を押し付け、それでも温かい食事と衣服と寝る場所だけは与えてくれた母親――。
 知らず知らずのうちに、リゼットのまなじりに涙が浮かぶ。その涙は頬を伝い床へ落ちると、美しい宝石に変化していった。
 赤黒い血の中に落ちる、透明な輝石。
 マノンがつられて泣きそうになると、リゼットはそっと肩をだき、囁いた。
「お姉ちゃんがずっとそばにいるから。だからもう泣かないで。二人で生きていこう」

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