イベント新刊サンプル

銀の鍵で夢を歩く



 年齢を重ねると穏やかになるとはよく言ったものだ。
齢八十になる祖父は、日がな一日、病室の寝台で本を眺めたりデッサンをしたりしている。
 僕は一日おきに、祖父の病室へ通っている。
実の息子である僕の父は会計事務所の仕事が忙しく、月に数回しかこの病室へは訪れない。
教師をしている母は祖父とは仲が悪く、入院してからというもの、ほとんどここへ来たためしがない。
 だから僕は彼らの代わりに、着替えを持ってこの病室を訪れ、世間話をしたりチェスの相手をしたりして放課後の時間を過ごしている。
いや、両親の代わりにというよりは、僕自身がそうしたいと望んでいた。

祖父が何事にも厳しかった頃の面影は、今はもうない。


「この国の花は好きだ」
「おじいちゃんは昔から花が好きだよね。僕はそうでもないな。だって退屈なのだもの。こんな物のどこがいいの?」
僕は全然、花になんか興味はない。
「枯れるのがいいんだよ」
「枯れるのが?」
「そう、この国の花はすぐに枯れるから」
「おじいちゃん、面白いこと言うんだな。それじゃまるで、花が枯れない国がどこかにあるみたい」
僕が言い返すと、祖父は急に黙り込んで、そのまま病室の窓に切り取られた四角い空を見上げる。
真っ青な空を、飛行機雲がひとすじ横切っていく。
「ところでおまえ、成績が随分良くなったそうじゃないか。おまえは近頃の若者らしく勤勉だな。これで私も、心おきなく死ねる」
「やだなあ、まるで死ぬ前の人みたいなこと、言わないでよ」
たしかに、がんばっていないわけじゃない。先日提出した理科の実験レポートでは、学内で表彰されたくらいだ。だけど死ぬほど頑張っているわけでもない。
だからそんな風に慰められると、自分が愚かなようで、消え入りたい気持ちになるのだ。
「おじいちゃんは死なないよ」
まっすぐ目を見つめて言った言葉に、祖父は何も答えなかった。
たぶんそれが僕の強がりだということを、誰よりも知っているのだろう。

「そうだ、おじいちゃん、聞いて。僕、最近おかしな夢を見るんだよ。きらびやかな塔の立ち並ぶ街で、知らないおじさんが僕に、エリオットの夢は叶ったのか?って尋ねるんだ。エリオットって、おじいちゃんのことでしょ?おじいちゃんはその人、誰だか知っている?」
僕の言葉を聞いて、祖父はその顔に驚いたような表情を浮かべた。
「そうか……ああ、そういうことなのか。おまえに話がある。私がおまえと同じくらいの年頃だった頃の話だ」
「何、どんなこと?」
興味本位で尋ねた僕の運命を変えてしまうほど、その先の祖父の話は衝撃的だった。
その話を、僕はいまからここで語ろうと思う。


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