イベント新刊サンプル

テンペスト・イヴ 大正少女浪漫譚


「芙美子さん、こんな時間まで、このビルで何をなさっていたの?」
 見つめ合った瞬間、芙美子はその手から包みを落とした。
「千夜さん……どうしてここに……」
呆然として目を見開いたまま、芙美子は千夜に問う。
「芙美子さんのことが心配で、ついて来てしまったの。ごめんなさい。ねえ芙美子さん、もしかして、さっき話そうとしていたことって、この集まりに関係しているのかしら?」
不安げな表情で、千夜は芙美子に尋ねる。
ここまで来たら、こうするしかないと思った。
「……ええ、そうよ。ねえ、千夜さん」
遠くの繁華街のネオンの残照、酔っ払いの喧騒が、夏の夜の空気を震わせる。
「私たち、ずっと親友よね?」
芙美子の声は、そんな雑音には負けない。
まっすぐに、針のように、千夜の心を突き刺していく。
「ええ――当たり前じゃない、芙美子さん」
肯定する声は、しかし微かに震えている。
「……芙美子さん、私はこれからもずっと、あなたの親友よ。だから教えて、あなたの一番の秘密を」
「わかったわ。……驚かないでね、千夜さん」
千夜の視線を正面から受け止めると、芙美子は女学校で過ごした頃のように、明るく微笑んだ。
「……もうすぐ、この帝都を、とてつもない嵐が襲うわ。街はめちゃくちゃになって、これまでの日常が崩れてしまう」
芙美子の薄桃色の唇から紡がれた言葉は、その可憐さにそぐわぬ内容だった。

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